Gustavo Santaolalla

Ronroco

日頃、アルゼンチン音楽のことについて書くことが多いので、いろんな人に「アルゼンチン音楽の魅力はなんですか?」なんて聞かれることが多い。でも、こればっかりはなかなかうまく伝えるのが難しい。ブエノスアイレスにしかない独特の街の色気だったり、長距離バスに乗ると見えてくる広大な大地の風景だったり、先住民文化から感じられるある種の枯れた味わいだったり。そういったことを体感したからこそ、この国の音楽から嗅ぎ取れる何かがあるのかもしれないと思うと、なかなか説明するのが困難なのだ。

でも、そういう時にだまって差し出すべきアルバムがいくつかあるのも確か。その一枚が、グスタボ・サンタオラージャ(サンタオラヤと表記されることもある)による『Ronroco』だ。この作品の主人公は、アルバム・タイトルにあるロンロコ。アルゼンチンからボリビア、エクアドルあたりにかけてよく演奏される楽器に、チャランゴというものがある。これは簡単にいうと、南米版ウクレレのような形の楽器で、ブラジルのサンバで使われるカヴァキーニョにも近い(想像つかなければ、ぜひ検索してみてください)。そのチャランゴの少し大ぶりなものがロンロコという楽器で、そのロンロコをメインにしたアルバムが、この『Ronroco』というわけだ。

通常、トラディショナルなフォルクローレで使用されるロンロコだが、サンタオラージャは自己流の奏法を追究し、ギターやパーカッションなども加えて多重録音を試みてきた。そうして出来上がったのが、伝統的に見せかけつつも斬新なサウンド。さざ波のように押し寄せるアルペジオを中心に据え、宇宙の果てまで広がっていきそうなスケール感で楽曲を構築する。全編インストだし、けっして仰々しいものではないのだが、アルバム一枚の中に様々なドラマを作り上げているのだ。そして、そこから漂って来るのは、アルゼンチンという国にしかない特有の空気感であることは間違いない。

もともとロック・ミュージシャンとして60年代にデビューし、その後はロック・エン・エスパニョール(スペイン語ロック)、タンゴ、現代音楽にいたるまで多種多様なプロデュース作品を残しているサンタオラージャは、1998年に本作を録音した後、映画音楽作家として大成する。『アモーレス・ペロス』、『モーターサイクル・ダイアリーズ』、『オン・ザ・ロード』といった話題作を手がけ、『ブロークバック・マウンテン』と『バベル』で2年連続アカデミー作曲賞を受賞するという前代未聞の快挙を果たすのだが、いずれの作品にもロンロコはフィーチャーされている。アルバム『Ronroco』は、いわば彼の映画音楽作家としての原点でもあり、いいかえれば非常に映像的な作品ともいえるだろう。

地球の反対側にあるアルゼンチンという国を知りたければ、目を閉じてこのアルバムを聴いてみるといい。その時に瞼の裏に見えてくる光景や感じる匂いこそ、アルゼンチンが持つ魅力の一端。そしてその感覚が気にいったなら、そのままアルゼンチン音楽の深い森に入ってみて欲しいと思う。